ビスタクルーズ的アフターコロナ(その2)‐AI×コロナ×子どもたちの未来 ~ 変わる教育

1.アフターコロナ時代を成長していく子供たちの未来 

今年は2020年ですが、21世紀はウイルスの世紀と言ってよいかもしれません。2002年から03年に掛けて、SARS(重症急性呼吸器症候群)が出現し、主に東アジアで猛威を振るい終息する迄の半年において世界で約8,000人の患者が出て、約800人が死亡しました。致死率は約10%にものぼりました。2012年に発見されたMERS(中東呼吸器症候群)では、SARSに比べて感染者や死亡者の絶対数は少ないとされていますが致死率は約35%と極めて高く、中東諸国では未だに少数例ながらMERSは続いているようです。他にも、2014年の西アフリカでのエボラ出血熱の流行、2016年のブラジルでのジカウイルスの流行など時系列は多少前後しますが、ウイルスと人間のパラレルワールド、共存試行の繰り返しの答えを見ないうちに、今回の新型コロナウイルスの世界的大流行が始まってしまったのです。問題は、今回のCOVID-19が、武漢の山奥のコウモリ由来だとされていることで、こういう、グローバル化の進展により、人々がこれまで入り込まなかったアフリカや南米、アジアの奥地に入るようになる事象は、これまで接していなかった動物から新たな感染症をもらうようになることを意味します。新興感染症のほとんどは動物起因ですので、人口の爆発的増加や人・モノの急速かつ大量な移動でそれが短時間で運ばれている事実は、新興感染症が21世紀の残りの80年でも、いつでも来ると認識しておかなければならない、と考えるほうが自然と思われます。大切なのは、私たちが、そういう「未来認識」をして、常に備えるという姿勢をするということではないでしょうか。 

一方で、アフターコロナ(一旦、第一波が落ち着きを見せK値が下値安定で推移しています)の日常に入りつつある状況で、私たちは緊急事態宣言時の自粛、ステイホーム、パンデミックへの危機などから様々な地球レベルの変化と呼べるようなパラダイムシフトを実感・体感してきました。全人類を思想や職種や性別、それに、宗教や貧富の差などに関係なく、一瞬にして人間に共通の行動規範を従わせるこの「ウイルス学的な秩序モデル」は、私たちが生まれてからずっとあたりまえとしてきた人間の手による(いくつもの大きな戦争を経てまでして手に入れてきた)「市場主義的・経済学的な秩序モデル」とは全くそのスピード感も、賛成・反対の多重感も異なり、人類の歴史が何百年かけてもできないような改革を事細かに1年もかけずにスムーズに成し遂げる可能性を秘めているようです。これはものすごい出来事ではないかと思います。 

例えば、働き方においては、リモートによる活動の一般化が進んで、反面、交通や旅行などが別の付加価値を考える必要が出てきたり、あらゆる業界で非対面への切り替えを最優先の変革として取り組んだり、職住は次第に融合し、やがて分散型都市の形成へとつながっていき、結果、密を避けることになります。昭和型の満員電車通勤、残業、職場の飲み会といった風景には、戻ることはないのかもしれません。また、個人・生活の面でも、リモートワークが可能な企業への就職や、デジタル消費・デジタルサービスでの余暇・デジタル教育などといったオンラインベースの時間の使い方が増えて、家族を中心とした感染症対策への意識が社会との接点の中心となるケースも増えていくように思います。 

そうした状況で、2020年6月に入った頃から子供たちが徐々に分散登校を開始しました。2ヶ月あまりの授業の遅れを気にされる親御さんもいらっしゃいますが、それ以上に、「新型コロナウイルス感染症予防のために、徹底した対策を」と子供さんの学校生活におけるソーシャルディスタンシングをご心配される親御さんが圧倒的に多いのだそうです。これは学校に限らず、塾でも、その他のお子さんを預ける習い事すべてに共通していることです。 

2.AI時代を成長していく子供たちの未来 

話を少しビフォーコロナの時代に戻しましょう。と申しましても、ビフォーコロナの頃から言われている2045年の頃、つまり、アフターコロナ時代の未来のお話です。少しややこしいかもしれませんね。先に少し触れたように新型コロナウイルスが世界をパンデミックに陥れる前は「ウイルス学的な秩序モデル」、何それ?という世界に私たちは生きていました。子供に対する教育についても、(確信しますが)どこまで専門家の分厚い研究書物を読み漁っても、ウイルスにより子供の教育方針を(必然的に)変えなければならない時代が来ている、とは書いていないと思います。 

一方で、AIについては、ウイルスの脅威にさらされる以前から、人間の生活・社会・働き方などあらゆる側面でドラスティックな変革をもたらすことが分かっていました。具体的には、2012年10月、トロント大学のジェフリー・ヒントン教授による画像認識のディープラーニングの飛躍的有用性向上が起点となり、2045年のシンギュラリティへと向かうにしたがって、AIが家庭や仕事や社会その他コミュニティーにおける人間の役割をすっかり変えてしまうことが高い確率で起きようとしています。否、そういう技術革新の社会に生きる時代になるから、人間はより合理的に適応しましょうというアラートととらえても良いかもしれません。特に職業の選択や教育についてのトピックを取り上げるとき、こうした論調になることが多いように思います。例えば、オクスフォード大学のマイケル・オズボーン氏による10~20年後にAIによりなくなる職業、ですとか、日本ですと、野村総合研究所による2030年までに労働人口の約49%がAIに代替可能となる、といった論文が有名になりました。 

後述しますが、AIが2020年現在よりも、私たちの家庭・生活・社会・仕事により深く影響を与えることになるのは確実であり、その意味では、私たち大人世代にも増して、2030年や2045年に働き盛りを迎える子供たちの「今」の教育がどれほど大切か、ということは少し想像力を働かせれば容易にわかることです。なお、上述のオズボーン氏は、2013年のAIに関する自書で有名になりましたが、今年3月に来日を果たしており、各所でメディアのインタビューに答え、アップデートされた「2030年に必要とされるスキル」「不要となるスキル」を公表・説明していますので、転載します。AI時代に求められるのは「多様性」や「変化への対応」です。全般的に、2030年には、AIでは代替できないようなスキルや知識が求められてくるということがわかります。 

2030年必要とされるスキル

2030年には必要とされなくなるスキル 

3.新学習指導要領と日本の教育の歴史 

まだもう少し話をビフォーコロナの時代にとどめておいてもよいでしょうか。と申しましても、ビフォーコロナの頃から言われている2020年から2022年、つまり、ウイルス共生秩序モデル元年ともいえる今年からのお話です。先に少し触れたように新型コロナウイルスが世界をパンデミックに陥れる前は「ウイルス学的な秩序モデル」、何それ?という世界に私たちは生きていました。上述の通り、子供に対する教育についても、(確信しますが)ウイルス時代を生きる前提で新学習指導要領は作られておりませんし、改訂されてもいないと思います。ただ、小学校はすでに、今年から、その新学習指導要領に従って、ウイルスの脅威、感染のリスクから身を守りながら、分散登校などで工夫をしつつ、学校で授業を受けて新しい指導に基づいた学びを得ているところです。 

政府広報オンラインには、2020年度から始まる小学校の学習指導要領の改訂について、こういうPRがなされています。 

「2.なぜ学習指導要領が改訂されるの? ⇒ 変化の激しい時代に合わせるため」 

近年、グローバル化や、スマートフォンの普及、ビッグデータや人工知能(AI)の活用などによる技術革新が進んでいます。10年前では考えられなかったような激しい変化が起きており、今後も、社会の変化はさらに進むでしょう。

海外の専門家の中には、「今後10~20年程度で、半数近くの仕事が自動化される可能性が高い」、「2011年度にアメリカの小学校に入学した子供たちの65%は、大学卒業時に彼らが小学生の頃には存在していなかった職業に就くだろう」などと述べる人もいます。進化した人工知能(AI)が様々な判断を行ったり、身近な物の働きがインターネット経由で最適化されたりする時代が到来し、社会や生活を大きく変えていくとの予測がされています。 

このように社会の変化が激しく、未来の予測が困難な時代の中で、子供たちには、変化を前向きに受け止め、社会や人生を、人間ならではの感性を働かせてより豊かなものにしていくことが期待されています。 

子供たちが学校で学ぶことは、社会と切り離されたものではありません。社会の変化を見据えて、子供たちがこれから生きていくために必要な資質・能力を踏まえて学習指導要領を改訂しています。 

さらに、子どもたちが育む資質、能力については、 

新しい学習指導要領では、教育課程全体や各教科などの学びを通じて「何ができるようになるのか」という観点から、「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力など」「学びに向かう力、人間性など」の3つの柱からなる「資質・能力」を総合的にバランスよく育んでいくことを目指します。 

「知識及び技能」は、個別の事実的な知識のみでなく、習得した個別の知識を既存の知識と関連付けて深く理解し、社会の中で生きて働く知識となるものも含むものです。そして、その「知識及び技能」をどう使うかという、未知の状況にも対応できる「思考力、判断力、表現力など」、学んだことを社会や人生に生かそうとする「学びに向かう力、人間性など」を含めた「資質・能力」の3つの柱を、一体的に育成します。 

として、何ができるようになるのか、また、何のために(目的)学ぶのかを明確に共有しながら学習するということです。そのほかにも、内容としての、外国語教育(小学校3年生から)、プログラミング教育(小学校から、ただし「プログラミング的思考」)などは目新しく、学び方の特徴としては、「主体的・対話的で深い学び」の視点が挙げられており、アクティブラーニングによる授業改善を重要視しているとのことです。 

一方で、また「ウイルス学的な秩序モデル」の話に少し触れたいのですが、世界のウイルスの脅威の歴史を振り返っても、ペストの大流行がルネサンスを誕生させ社会構造を一変させたり、スペイン風邪のパンデミックは当時の世界秩序を大きく変えています。人間の秩序や争いの歴史が何百年かけてもできないような(整然とした前向きな)改革を1年もかけずに事細かにウイルスは成し遂げてしまうのです。この新学習指導要領については、私は、ウイルスとの絡みでは、6月から徐々に始まった分散登校において、学校で感染症対策を十分行っているかが親御さんの間では最大の心配事のひとつである、というお話をこの章の冒頭のほうで触れました。加えて、2点ほど気になることがあります。 

    1. 「政府広報オンライン」には、「子供たちが学校で学ぶことは、社会と切り離されたものではありません。社会の変化を見据えて、子供たちがこれから生きていくために必要な資質・能力を踏まえて学習指導要領を改訂しています」と明確にうたっています。「社会」とは、私の視点では、AI時代真っただ中に大人になったときを見据えた「社会」であり、そのときに輝ける力を身につける学びこそが学習指導要領であるとよいのではと映りました。また、同じ理由で、ウイルスがもたらす社会変革についても、AI同様に子供たちが大人になるころのアフターコロナの「社会」を想定して教育に取り入れる必要があります。
    2. もうひとつは、もう少し根深いかもしれません。教育の現場についてです。昭和22年の教育基本法の制定から平成18年の改正教育基本法と時代に合わせて法制度は改正しているものの、現場にはウイルスのパンデミックが一瞬にしてルネサンスを誕生させるような影響が入る余地はなく、明治維新以来依然として以下のような日本の特徴的な課題が残っています。  
    • 画一的な教育。日本の教育は、先生の授業をクラス(人数も多い)の生徒みんなでそろって聞き、テストで生徒の成績を測るという集合的な教育システムがまだまだ残存する
    • 詰め込み・暗記型教育。2008年から学習内容が増え、多くの知識を詰め込むという詰め込み教育からなかなか抜け出せません 

(反対に良い面とされる点としては) 

授業だけでなく、生活指導や部活指導までを一体的に行っていて、通学路での安全確保や夜の巡視指導といった学校外での子どもの活動にまで教職員が対応し、子どもたち一人ひとりを総合的に個として把握しながら指導するという特徴もあります。 

1については、学習指導要領改訂が「よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を共有し、社会と連携・協働しながら、未来の創り手となるために必要な資質・能力を育む「社会に開かれた教育課程」の実現」をその方向性と規定しているのであるので、尚のこと、大変難しい話ではありますが、AIがもたらす社会構造の変化とウイルスがもたらす社会変革をわりとシビアに前提として考慮した上で、未来の社会を担う子供たちに、教育課程において未来の創り手になってもらう機会を与えてあげてほしいと願います。私には、創り手になる、というほど悠長な猶予は人間側には与えられているとは決して思えず、それに気づいている大人の責任として、抗うとか必死に生み出すとか、そういう問題発見力や戦略的なソリューション力、イノベーション、ひょっとしたら新しいイデオロギーのようなものが求められるような気がしますし、それ次第で、AIを上手く使いこなし(=AIに使われず)、ウイルスとの戦いに勝つことができるはずなのです。 

2については、1より重いテーマですがシンプルです。現場が学習指導要領通りではないというだけです。(仮に学習指導要領通りであったとしても、)2020年度に小学校低学年である子供たちが、AI時代の2030年から2045年にかけて、あるいはそれ以降に、AIに使われる社会人として生きる可能性が高まるかも知れません。これも、あまり時間をかけたくない問題ですが、子供たちには時間がなく、大人の責任の範囲で人間の組織体の性(さが)として、解決が不可能であるならば、1同様、学校の外で対策を講じるしかありません。 

4.エミリーキッズラボ事業への想い 

私たちビスタクルーズの出自はITや業務改革のコンサルティングであり、2006年に創業しました。最近では自社開発WebアプリケーションのSaas型AIサービス事業(※1)などにも力を入れてます。会社としての特徴は随所に見られますが、この文脈に関連するものを取り上げるとすれば、企業理念、サービス理念が筆頭に挙げられます。 

企業理念:次の世代を担う未来の大人たちが、より働きやすく、生きやすい環境を創造し続けます

サービス理念:私たちは、人の気持ちに寄り添います

自社の事業は決して子供さん向けのサービスばかりではなく、むしろ、ITやAIどっぷりのBtoB事業がメインですが、企業理念では子供たち(ジェネレーションAI(=下の世代))に思いを馳せています。私たちの一日一日の活動が、下の世代の働き方、生き方を苦しませることのないように、むしろ、少しでもよい方向にレールを引きたいという思いがあります。人、そして、人の集まりである組織の営みは、創造力によって、地道な日々の積み重ねや大きな野望によってそれが可能だと信じており、逆に言いますと正反対に、限りある資源を消費するだけですとか、ステークホルダーもしくは三方のだれかが不利益と被るような取引を繰り返すとか、お金以外失うものがあまりに大きい一日一日の活動に陥ってしまうことも十分あり得るわけです。私たちはそうした自社の事業活動の根底にある、ガバナンス、コンプライアンス、あるいは社会貢献、SDGsの考え方をとても大切にしています。 

(1)エミリーキッズラボの魅力・特色1:3つの力が身につく 

エミリーキッズラボは、学童事業です。「AI時代に輝く力」を育むための、これからの学びのかたち、というキャッチフレーズのもと、「人を想い、課題をみつけ、自らそれに取り組む力」を身に付け、ダイナミックに変化するAI時代に翻弄されることなく、楽しく自由に強くなって生きていく、そんな子供たちを育てていきたいと考えています。それには、まず、AIの得意・不得意を知ること、そして、人間だけが発揮しうる力を知ることをベースとして理解する必要があります。AIがどれだけ発達しようと、人間だけが発揮できる力、それは、 

    • クリエイティビティ(創造力)
    • ホスピタリティ(思いやり、共感力) 
    • マネジメント(管理力、主体性) 

です。こうした力を養っていくには、全て心や脳の発達に関与することですから、子どもの頃からの教育が大切なのです。さらに、AIの不得意な点としては、 

    • 言語の理解 
    • 総合的な判断 

が代表的な2選手になります。「言語の理解」とは、簡単に言えば、話者の言葉の意味内容を理解した上で会話を続けていくこと、対話ですね。「総合的な判断」とは、社会の一般常識を知った上で、いくつかのチョイスを考え得る、そして、提案し得る。広く深いコンテキスト、常識がベースになっています。 

エミリーキッズラボの学童カリキュラムの起点には、上記の考え方が採用されています。私たち事業チームで吟味して、私たちの言葉として、それを 

    • 創造力(あれ?という気づきから、問題をみつけられる力) 
    • 主体性(やってみたい!とわくわくしながら言える) 
    • 共感力(どう思う?と気持ちを感じ取り、人のためを想える)

という3つの力を育てることとして、エミリーキッズラボ教育の主眼にしています。 

(2)エミリーキッズラボの魅力・特色2:横と縦の好奇心を満たす仕掛け 

ひとの知的好奇心には従来2種類あると言われています。拡散的好奇心と特殊的好奇心です。夢中になって自主的にどんどん自分で学習したりまだ方向性をもっていないときに、好奇心の対象を探すときは拡散的好奇心がひとには働くようにできています。いっぽうで、それが決まって深く追求するときには、特殊的好奇心が働きます。寝食忘れて没頭する経験や、子どもの頃、見るもの聞くもの全てがキラキラしていたあの体験が、それに近いのかも知れません。エミリーキッズラボでは、あらかじめ決められた学びではなく、一人ひとりの子どもさんに合わせて、好奇心の旅に出かけます。 

    • いろいろラボ・・・上記の前者「拡散的好奇心」が働いてる子どもが対象 
    • 探求ラボ・・・上記の後者「特殊的好奇心」にどっぷりハマり対象を深く追求している状態 

(3)エミリーキッズラボの魅力・特色3:リアルな「社会」とのつながり、知見が豊富 

私たち自身が未来のことを常に考えているAIエンジニアリング企業であり、コンサルティング会社であります。そのため、リアルなAIに関連した社会とのつながりや常にアップデートされていく情報を、エミリーキッズラボの場にリアルタイムに近いタイミングで反映することが出来ます。当ブログでこれまでの1~3章で問題視してきた課題などは、例えば、新しいエミリーキッズラボのカリキュラムとして即座に取り入れることが可能ですし、公立の小学校はもとより、学習塾も含めて、こうしたフレキシブルかつ付加価値の高い教育に資する情報の反映を、学童の現場へ実装していける仕組みはエミリーキッズラボだけではないかと思います。一例として、これまで上記で述べてきました内容の一部を取り上げて見ますと、 

    • 「ウイルス学的な秩序モデル」的社会で強く生きていく子どもを育てる 
    • オズボーン氏の「2030年に必要とされるスキル」で子どもに必要なカリキュラムをアップデート 
    • 同じく「2030年には必要とされなくなるスキル」で子どもに必要なカリキュラムをアップデート 

などは「社会」が生きている証であり、AIやDXが秒進分歩で技術革新を遂げているのに、「社会に適合しよう」という教育のテーマが静的でよいのはスタート地点から少しおかしな話かな、というところを逆にエミリーキッズラボの強みとしています。 

※1 エミリーロースイート事業 

5.イエナプラン教育 

この章では、イエナプランを取り上げます。イエナプランとは、ドイツで生まれ、主にオランダで広まっている教育手法・教育モデルです。私が2019年の4月にNHKのクローズアップ現代で見た「AIに負けない人材を育成せよ ~企業・教育 最前線~」の回の中で最も衝撃を受けたのが、FOXニュース:「巨大IT企業のエリートな親たちが、実は自分の子どもを、コンピューターが1台もない学校に、こぞって通わせているって知っていますか」というカットインから、シリコンバレーやシアトルの取材のシーンを映し出し、まさにGAFA本社のご子息たちが、こぞって協調性と創造性を身につけさせることを主眼とした学校で授業を楽しんでいる風景が目に飛び込んで来た瞬間でした。とても人気の学校だそうですが、その理由がなんと、「デジタル機器の使用が一切禁止されている」からというところでさらに驚いたものでした。両親ともモンスターIT企業にお勤めのここの児童リアン君の母親マリンダさんは、 

「AIが人間の仕事を奪っていく今、息子が大人になった時、どんな仕事があるのかさえ全く分かりません。未知の将来に対する子育てを考えると、自分で問題を解決する力や適応力・柔軟性を最大限に伸ばしていくしかないのです。」 

と協調性と創造性を育むこの人気私立学校を選択した理由をITエンジニアらしく明確かつ簡潔に語りました。 

こうした最近の北米のIT最前線の企業のご子息への幼児教育への指向性は、冒頭のイエナプラン教育を想起させます。もちろん、完全一致ではないですし、発展してきた背景も、時代も全くことなりますので、オルタナティブとして少し似ている、という感覚なのかもしれませんが、確かに彷彿とさせます。イエナプラン教育の特徴といえば、 

    1. 異年齢のクラス編成 
    2. 4つの基本活動、すなわち、会話・遊び・ワーク・催しの活動を循環的に行う 
    3. 生活の場、仕事の場としての学校 
    4. 教科間横断のワールドオリエンテーション:総合学習 
    5. 子どもたちが自然な形で学ぶことを尊重する 
    6. 人生を自律的に生きていけるよう、楽しみを持つように未来に楽観的に関われるよう導く 
    7. 大きな課題に取り組み解決できる人材に 等々 

あらゆる点で、年齢や健康状態、社会的立場に関係なく、個々人を尊重するといった特徴があります。こうした点では、AIの台頭に、人間のみが発揮できる力を最大限に効率的に伸ばしてくれる教育メソッドとして注目してもよいと考えています。 

6.アフターコロナ:自分の考えを持つ時代へ(付録編) 

最後に、せっかく、未だかつて私が生まれて以来、ビジネスの話をする中で私の出身学科である哲学とか心理学が、ビジネスマンに必要とされる能力・スキルの上位に輝かしくもランキングされたことなど一度もなかったことを思うにつけ、オズボーン氏によって2030年には最上位に近いビジネススキルとなると断言していただき軽く心中で小躍りしている心境を吐露しますとともに、反面、この状況で、一般家庭の親御さんは何を信じて子供さんに教育をしていったらよいか、自分の心と向き合える強いお母さん程、この難しさが身に染みてお分かりに、お感じになるのではないか、そう思います。少なくとも、私には当雑文の表題「AI×コロナ×子供たちの未来~変わる教育~」という言葉から想起するこれからの初等教育に関する課題が、以下のように何点か浮かびます。 

  • 新学習指導要領改訂では、社会に開かれた教育とか、AIとか、グローバル化とか出てくるけど 

  • 脱ゆとりって、一方では、現前として標ぼうしていて、授業数も明らかに増加するし、 

  • 英語だって、コンピューターの勉強だって小学校から取り入れなきゃいけないって言うし、 

  • 未来を切り開くための資質・能力を、と言ったすぐ次に「その能力とは何かを社会と共有し」って 

  • 思考力・表現力・自主的に学ぶ・アクティブラーニングなんて本当にやる時間あるの? 

  • AI時代を成長していく子供たちの未来を、文科省は本当に描けているの? 

  • アフターコロナ時代を成長していく子供たちの未来を、文科省は新学習指導要領に盛り込むつもりはあるの? あるとしたら、世の中(文科省的にいうと「社会」)はどうなっていると想定しているの?
     
  • 21世紀には、次々と新種のコロナウイルスが出現し人類を悩ますとしたら、「ウイルス学的な秩序モデル」は、私たちが生まれてからずっとあたりまえとしてきた人間の手による(いくつもの大きな戦争を経てまでして手に入れてきた)「市場主義的・経済学的な秩序モデル」に取って代わることも考えられるはず。経済秩序モデルの属性の産物というに等しい国家や制度的組織や共同体といった実態のない集合体は、次第に意味を失っていく(ローカルや国民国家になる)のではないか?(マルクス・ガブリエル的論考) 

  • コロナによって、ちょうど今、ヨーロッパで自由民主主義の価値を捨てようとしている。というのも、人々は現在の生物学的危機を、自由民主主義の手段を使って解決できると思っていないから。事実、オンライン学習への取り換え、人同士のコミュニケーションの遠距離通信への取り換え、グローバル化とデジタル化による支配や監視、行動の制御を、民主主義的アプローチではなくウイルス学的モデルによりほぼ完全な形で結果を残してしまっている。(マルクス・ガブリエル的論考) 

  • コロナの危機を民主主義的でなくサイバー独裁的に成功例として解決してきたのが、今のヨーロッパ各国の現状。啓蒙なき近代というのは,必然的にサイバー独裁制に向かってしまう(マルクス・ガブリエル的論考) 

最後の3点は、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエル(40歳)が、新型コロナがヨーロッパを覆った状況、およびアフターコロナを予想して語ったものから一部ニュアンスを変えて再掲したものです。論点としては、子供たちの未来(2030年、2045年、あるいはそれ以降)および全人類に対して、一人ひとりに丁寧な啓蒙が必要だと説き明かしています。ウイルス学的な秩序モデル>市場・経済秩序モデル、であることを、単にすげー!と言ってるだけだと、北朝鮮のように一国独裁の下、デジタル管理万歳、行動監視歓迎、という世界共通の単一イデオロギーに染まってしまう可能性があると警鐘を鳴らしています。また、反面、市場・経済秩序モデルが弱いので、中国のようにアフターコロナにて国家レベルで監視・管理を行って、濃厚感染者・濃厚感染者との接触の疑いがある者を検知・排除する仕組みが可能な国、つまり、ウイルス学的な秩序モデルと相性の良いイデオロギーに抗う新たな説得力のあるイデオロギーを打ち立てるのが困難なことも知っておくべきです。 

私には、AI時代、ウイルスとともに生きる21世紀、子供たちの未来を考えるとき、社会を見据えた教育が変わり続けるのは以上の点から至極あたりまえに思えるのです。 

ビスタクルーズ的アフターコロナ(その3)へ続く